「子どもに飲ませていい薬、ダメな薬」今週の週刊文春の記事について

今週号の週刊文春で「子どもに飲ませていい薬、ダメな薬」という特集がありました。最近多くの週刊誌が、同様の特集しているのを見かけますが、今回は子ども向けの薬ということで、興味をもって読んでみました。どれもよく調べ取材した良い記事と感じましたので、記事の一部について、少し解説を加えたいと思います。

 

①咳止めについて:「せき止め薬を使う児と使わない児を比較すると、咳止め薬を使った児の方が、咳が悪化した」

 

これは近畿圏の小児科14施設(当院も参加)で行った調査結果で、去年、論文として発表された内容を元にした記事です[外来小児科 (1345-8043) 22巻2号 Page124-132(2019.05)]

よく見かける咳止め薬の多くは50年以上前からあるものですが(例えば「メジコン」は1956年、「アスベリン」は1965年に発売)、そのような古い薬は、驚くべきことに、本当にヒトに効果があるのかきちんと検証されたことがなかったのです。そこで今回初めて、薬を飲んだ人と飲まない人の症状を比較する調査が行われました。その結果、咳止め薬「アスベリン」を飲んだ方が、①咳が悪化したという回答が多い、②咳がよくなったという回答が少ない、③咳の改善度も悪い、という結果だったのです。

この結果となった理由についてはいくつか考えられるのですが、私(院長)は、シンプルに、「咳は、気管支や肺についた病原体(ウイルスや細菌)や分泌物(鼻水や痰)を、体外に排出するための、大切な生体防御反応」だから、咳を止めてしまうと、それらの有害物(病原体や分泌物)が体内に貯留してしまい、結果として咳の治りが悪くなったのでは、と考えています。胃腸炎による下痢に対しても、最近は、増殖した病原体を含む下痢便はなるべく早く体外に出すべきだ、との理由で「下痢止め薬」がほとんど処方されなくなったのと同じ理屈です。別の言い方をすれば、咳は、うんち・おしっこ・おなら等と同じように、体内に生じた不要物を体外に排出する大切な活動であり、無理やり止めてはいけないのです。そのため、当院では、ほとんど「咳止め薬」を出さなくなりました。

 

②抗生物質について:「風邪に抗生物質は不要」「ほとんどの急性中耳炎には抗生物質は無駄で、むしろデメリットしかない」

 

これも近年、小児科医にとっては常識になりつつある事実です。15~20年前は、子どもが小児科を受診したら、ほぼ100%、抗生物質が処方されていました。しかし、近年、外来の現場で、病原体を判定する多くの迅速検査が導入され、子どもの病気の多くが、抗生物質が効く「細菌感染」ではなく、抗生物質が効かない「ウイルス感染」(例えばインフルエンザ、アデノウイルス、RSウイルス、ヒトメタウイルス、ノロウイルス、ロタウイルスなど)が原因であることが判ってきました。また抗生物質を使う必要のある危険な重症細菌感染症(ヒブや肺炎球菌)が、ワクチンで予防できるようになり、小児科の外来で抗生物質が本当に必要な状況は極めて少ないと考えられる時代になったのです。一方で、過去長い間、「念のため」として漫然と処方された抗生物質により、抗生物質が効かない細菌(耐性菌といいます)が地球上にまん延してしまい、世界の深刻な問題となっています。加えて、近年、ヒトの腸内に生息する、いわゆる「腸内細菌」が、子どもの成長発達にとり重要な役割をもつことが明らかとなり、抗生物質により腸内細菌がダメージを受けることが、その後のアレルギーなどの病気の原因の一つと考えられるようになりました(過去コラムはこちら)。また、一部のよく使われる抗生物質に、重篤な副作用があることも知られています(過去コラムはこちら)。このように抗生物質を使うデメリットも多いことから、外来では、個々の症例で、本当に抗生剤が必要かどうかの見極めが医療側に求められています。最近は小児科医だけでなく、耳鼻科医の中にも、抗生物質の投与に慎重な先生方が増えておられます。

 

③アトピー性皮膚炎の薬について:「かつて乳児にはあまりステロイドは使わなかったが、現在では生後2か月の湿疹でも積極的にステロイドを使うという考えに変わっている」「これまで、食物アレルギーがあるからアトピーになると考えられてきたが、最近は逆に、皮膚が弱い状態(湿疹)のために食物アレルギーになることがわかってきた」

 

これも、近年、180度考え方が変わった分野です。生後数か月の一部の赤ちゃんに見られる乳児湿疹(皮膚がカサカサに荒れる状態)は、かつて、かなりひどい状態でも、最終的には、1歳頃には自然に治ることが多く、積極的な治療は不要、とされていました。しかし、そのようなケースでは、皮膚が治っても、深刻な食物アレルギーになる児の割合が高いことが知られていました。そして近年その理由が明らかになり、食物アレルギーは、荒れた皮膚から目に見えない食物成分が侵入することが原因だったのです。そして赤ちゃんの湿疹を放置せずステロイドを適切に使って皮膚をいい状態に保つことが、食物アレルギー予防に重要であることが明らかとなりました。ステロイドを非常に怖がる方がおられますが、塗り薬のステロイドは、どれも極めて薄い濃度(0.5%以下のものがほとんど)で、さらにそれをワセリン等で薄めて使うので、安全性は高く、安心して使ってほしいと思います。湿疹を積極的に治療するもう一つの理由は、湿疹のある状態が、赤ちゃんにとって極めてストレスであるという点です。湿疹がひどい児は、顔や体に掻きむしった痕跡が見られることがあります。常にかゆみを感じていると、熟睡できなかったり、不機嫌になったりします。赤ちゃんは、気持ちよく熟睡したり、ご機嫌に笑ったりする状態のときに、体や心の成長発達に大切なホルモンが適切に分泌される一方、湿疹によるかゆみで熟睡できなかったり不機嫌になったりすると、大切なホルモンが減り、ストレス系のホルモンが多くなり、心身の発達にも悪影響がでるのではと考えています。まさに「寝る子は育つ」とは至言で、赤ちゃんの心身の健やかな発達成長のためにも、湿疹によるかゆみのない皮膚を保つことが大変重要と考えています。

 

最後に、テレビや雑誌の健康情報は、宣伝を兼ねたものや、うさんくさいものが多いのですが、今回の記事は、近年の小児医療の考え方をおおむね反映しておりいい記事と思いました。咳止め薬の論文もきちんと引用されており、週刊文春の情報収集力はさすがと感じました(政治家や芸能人のスキャンダルだけではないようです笑)。今後も、医療の現場には新しい検査や治療薬が次々に導入され、それにより病気の概念や取り組み方もどんどん変化していくと思われます。当院は今後も、変化していく医療をきちんと理解し、患者さんに適切な情報を提供していきたいと考えています。

 

枚方市香里ケ丘の小児科 保坂小児クリニック